やみちゃんのバックグラウンド
こんにちは〜👐
今日は、私がどんなバックグラウンドで育ったのか説明したいと思います。
私の家族、転勤族で色々な場所に住んだ事があります。
まず、父の仕事の関係上、オーストラリアでやみちゃんは誕生しました。3歳くらいで、日本に引っ越したので、その時の思い出とかは無いですが、アルバムを見るとなかなか面白いです。オーストラリアは、野生動物が沢山いるんですよね。
ペリカン、ご存知でしょうか。
そうそう、赤ちゃんを運ぶあの大きな鳥です。
この鳥、どでかいんですよ。
1m以上ありまして、近くで見るとインパクト大で、かなり感動します。こんな鳥がそこらの海にいるんですよ。
あとは、Rainbow lorikeet (レインボーロリキート)がシドニーに沢山います。この鳥がよくベランダに来まして、この鳥とのツーショットがいっぱいあります。見た目かわいいですが、群れがあるとかなりの騒音です。サーモグラフィーと私は呼んでいます。
はい、そのあと日本に帰国し、保育園卒業したあと、アメリカに引っ越します。アメリカでは5年過ごすのですが、あら大変、転校転校転校続き。小学校、普通は6年間通いますよね?私の場合、約1年で転校していたので、友達作ってはお別れというのが毎年のようにありました。中学は日本で過ごすのですが、その時にどうやって2年、3年連続で友達で居続けることが出来るのだろうと思っていました。
普通は、幼馴染とか故郷とかあると思いますが、私にとってはそれが羨ましいです。
ここで、多くの帰国子女が体験するのは、アイデンティティクライシス (identity crisis)。自分が、どこに属すのか分からなくなる。アメリカでは、マイノリティーの日本人。日本では、日本人だけど、周りに同じ日本人として扱われない。今でも、私は日本人だけど、周りとは違うと私は感じてる。私にとって、楽で今でも楽なのが同じ帰国子女の友人達。変に気を遣わないし、笑えるツボが同じだから。つまり、価値観が似ているのです。
大学は、帰国子女や留学生が多く滞在する上智の国際教養学部へ行き、3年生の時にオーストラリアに留学しました。オーストラリアは、生まれた場所であるけど、思い出があるわけでは無かったので、自分の生まれた地を知りたくてオーストラリアにしました。
この決断をしなかったら、将来どうなっていたことか、、本当に良かった!